大阪高等裁判所 昭和40年(く)97号 決定 1965年9月30日
少年 I・A(昭二一・四・一生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は抗告人提出の抗告理由書記載のとおりであるからこれを引用するが、その要点は、原裁判所は少年を特別少年院に送致したが、原決定には次に述べるような違法ならびに不当があるから原決定を取り消して在宅による保護処分に付されたいというのである。
よつて以下それらの点について逐次検討を加えることとする。
一、所論第一点は、原裁判所が少年を特別少年院に送致したことを目して、原裁判所が少年院送致を刑罰と考え、少年院の目的を誤つた違法があるというのである。しかしながら記録を精査検討しても、原裁判所が所論のように少年院送致を刑罰と同一視し、少年院の意義ないし目的を誤解していることを窺うに足る証査はない。所論は全く独自の臆測にもとずく謬見であつて採用すべきかぎりでない。論旨は理由がない。
二、所論第二点は、原裁判所が本件姦淫行為を強姦罪に当ると認定したのは重大な事実の誤認である。同被害者は中学校時代より性交を常習とし、本件当日においても少年に対して笑みを投げかけ、姦淫行為に至るまでの数時間の乗車中に幾度も脱出する機会があつたのにもかかわらずそれもなさず、少年らの求めに応じたものであつて、とうてい強姦罪をもつて目すべき事案ではないというのである。しかしながら記録によれば、少年らは本件当日いわゆるガールハントを目的に行きつけの○○靴店附近に行き、そこで見かけた被害者を甘言をもつて自動車に同乗させ、自動車の進行方向に不審を抱き、しきりに降車方を懇願する被害者を人里離れた本件犯行現場まで連れて行き、同所で嫌がる同女を少年外三名にて順次姦淫した事実を認めることができる。従つて、なるほど所論のように、被害者が性交について全く経験のない少女でない上、本件犯行時までにある程度脱出ないし救助を求める機会が絶無ではなく、また本件姦淫時に極力抵抗することがなかつたとしても、そのことの故に本件被害者が見ず知らずの少年ら(しかも四名もの)の本件姦淫行為について合意していたものとはとうてい解せられない。蓋し、本件被害者が当時わずか一六歳にすぎない少女であつたことにかんがみると、前記のような突然の非常事態に対し、動転の余りなす術を知らず、所論のような適切な防衛手段を講じえなかつたこと、およびそのような事態の進展にすつかり諦めてしまつて、姦淫行為時に余り抵抗することをしなかつたことも決して理解し得ないところではないからである。論旨も理由がない。
三、所論第三点は、原裁判所が被害者の告訴の取下げにより本件罪責を追求することができなくなつたのに、これを無視して罪責の追求をしたのが不当であるというのである。しかしながら少年の保護事件においては、通常の刑事事件の場合と異り、所論の告訴(もしくはその取下げ)の有無は何ら審判ないし保護処分を行うについて必要不可欠な条件ではなく、従つて、たとえ所論のように事前に被害者によつて告訴の取下げがなされた場合にあつても、少年を保護する必要があれば、その必要に応じて調査、審判をして少年院送致その他の保護処分に付することができることは今更らことあたらしく論ずるまでもないところである。所論はひつきよう少年の保護事件の特性を理解せず、普通一般の刑事事件と同列において事を論ぜんとするものであつて、その主張の理由のないことは明白である(のみならず本件はいわゆる輪姦事件であつて、刑法一八〇条二項により普通一般の刑事事件においても何ら告訴を訴訟条件とするものではないのである)。論旨も理由がない。
四、所論第四点は、本件非行事実認定の用に供された書証等がすべて反対尋問の機会を与えられない不当な証拠であり、それらの書証の供述者等を直接尋問もしておらない違法がある上、原裁判所は、審判前予め結論まで記載して用意された審判書に署名押印をしただけであるから、審判そのものも存在しておるとはいいえないというのである。しかしながら、原審審判調書の記載その他から判断しても、原裁判所が所論のように審判前すでに少年に対する保護処分の結論を決定し、審判の結果如何にかかわらず該結論のとおりに決定し、審判書は単にそれらの結論が予め記載されてある決定書に署名押印しただけであるとはとうてい解しえられないところであつて、所論後段の主張の理由のないことは明らかであるのみならず、所論前段の書証に対する反対尋問ないしその供述者に対する直接尋問の問題についても、前記第三点の場合と同様少年の保護事件の審判を普通一般の刑事事件と同視し、その証拠能力の制限規定を少年の保護事件の審判にも適用ないし準用すべきことを要請せんとするものであつて、少年の保護事件の特質を理解せぬ謬見であることは明白である。所論がその第一点において正当に論定するごとく、少年の保護事件(換言すれば少年院送致等の保護処分)は決して通常の刑事事件(刑罰)とその手続面においても混同ないし同一視されてはならないのである。論旨もまた理由がない。
五、所論第五点は、本件担当調査官の意見書及び少年鑑別所の鑑別結果通知書等が審判開始直前に審判官に提出され、事実上これらに対する附添人らの批判の機会を奪つたにも等しい本件審判は、少年法の精神に背反する違法なものであるというのである。しかしながら、なるほど記録によれば、所論の担当調査官の少年の処遇に関する意見書は審判期日の四日前、担当保護司の陳述を記録した同調査報告書は審判期日の前日、大阪少年鑑別所からの鑑別結果通知書は審判期日の当日にそれぞれ審判官のもとに提出されたものの如くであり、附添人において事前にこれらの記録を閲覧することは或は事実上不可能であつたこと、まことに所論のとおりであつたかもしれないが、しかしそれらの記録と雖も、もし真に附添人においてその閲覧を希望するならば、少くとも当該審判期日の当日においては十分これを閲覧することが可能であつた筈であり、もし時間の関係でどうしても当日これを閲覧することができないか、閲覧後その記載の正否に疑義があり、その正否を争うため或る程度の時間的余裕を必要とするような場合にあつては、原裁判所としても附添人の申出に応じ可能な限りその希望を容れたであろうことは容易に推測することができるところであつて、原裁判所がそのような申出をも許容しないものとはとうてい解し得られないところである。従つて附添人においてもし真にそれらの記録を閲覧し、その当否を検討する機会を求めたいのであれば、その機会は十分これを求め得た筈であり(しかるに抗告人は何等そのような申出をした形跡がないから自らその機会を放棄したものといわざるを得ない)、単にそれらの記録が審判期日の当日もしくはその直前に提出されたからといつて、これらに対する附添人の閲覧ないし批判の機会を奪つたものと称し得ないことは勿論である。論旨もまた理由がない。
六、所論第六点は、本件の担当調査官がかつて別件で少年を調査したことのある調査官である点をとらえて、それが裁判官、書記官の回避事由にあたり、その調査担当を回避しなかつたことがあたかも少年法の目的に違反する違法な行為であるかの如くに主張するのである。しかしながら少年の保護事件においては、その審判規則三二条に、裁判官について審判の公平について疑を生ずべき事由があると思料するときその職務の執行を回避すべき旨を定めるのみで、所論のように書記官についての回避の制度は勿論、調査官の回避の制度についても何等規定するところはない。従つて本件担当調査官が少年の調査の担当を回避しなかつたとしても何等所論のような違法があるものでないことはいうまでもないのみならず、たとえ所論のようにかつて全然別個の前件を担当したことがあるにしても、その一事をもつて事件について偏見を抱き公正な調査を期待し得ないものとすることのできないことも多言を要しないところであるから、その主張の理由のないこともまた明白であろう(因みに通常の刑事事件においても以前の全然別個の事件の審理に関与したことを回避の事由とするものではない)。論旨も理由がない。
七、所論第七点は、本件強姦の事案は犯罪の成立が疑わしい上、仮りに犯罪が成立するにしても、被害者側にも重大な過失があり、すでに少年を宥恕する意思が歴然としている。しかも少年は衷心より改心し更生を誓つておるばかりでなく、その保護者は貧しい中から多額の金員を被害者に贈りその慰藉に努めると共に、少年を保護監督する熱意にもえ、少年の地域社会ならびにその職場においても欣然としてその更生生活の指導ないし協力に立ち上つている状況にある。従つて少年に対する性格の矯正および環境の調整はすでに十分その態勢が整つているものというべきで、このような少年に対し在宅保護の方法をとらなかつた原決定はその処分が著しく不当であるというのである。しかしながら、少年の本件所為が強姦罪を構成するものであることは前記のとおりであるのみならず、少年が中学校在学当時から問題児として注視され、家庭環境の不良なことと相まつて恐喝、窃盗等の非行をくり返えし、保護観察、中等少年院送致等の処分を受け、その仮退院中に再び本件非行に及んだものであること、従つて仮退院後の保護観察の成績も甚だ芳しくなく、担当保護司は勿論、住居地附近の父兄や同年輩者の多数からその存在を怖れきらわれている有様であること、また性に対する関心も異常に強く、その性交は中学校二年生のときに始まり、その後本件に至るまで多くの女性と交り、最近においてはその余暇は全くガールハントに費されている状況であり、本件当日も、共犯者のAと共に、前夜本件窃盗非行によつて得た金で奈良県の郡山市に女遊びに行つた直後、更にガールハントをする考えで居住地近くの○○の靴屋附近に赴き、本件被害者を見かけたのを幸に、他の少年等を誘つて本件強姦の所為に及んだものであつて、その犯情の極めて重いこと、しかるに少年の非行に対する反省の念は殆んどなく、罪悪感すらないもののように見かけられる程であること、しかも家庭の保護能力についても、両親はすでに死亡して無く、親代りの少年の兄が一家を主宰し、貧しい中から金一〇万円を被害者○○川○子におくるなど少年のため献身的な努力を払つているようではあるが、何分にも少年と年齢的にも大差なく、同人の保護能力には余り多くを期待することもでき難い実状にあることその他少年の年齢、性格、身体状況等諸般の情況を併せ考えると、所論指摘の諸点を十分考慮にいれても、所論のように少年を家庭において保護育成をはかることは適当ではなく、これを特別少年院に送致し強力なる矯正教育を施すこととした原決定の措置もまことにやむを得ないところといわなければならない。論旨も理由がない。
よつて少年法三三条一項により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 山田近之助 裁判官 藤原啓一郎 裁判官 石田登良夫)
参考二
抗告理由
一、審判言渡の実情
(1) 昭和四〇年八月二〇日堺少年鑑別所において審判が行われた。出席者は審判官、少年I・A、同人の兄I・Y、参考人○井○雄及び附添人弁護士北尻得五郎である。調査官は出席していない。
(2) 記録は昭和四〇年八月一八日附添人において閲覧している。
(3) 調査官の調査記録及び意見書なるものは審判の前日提出されたと審判官は言明した。
この記録は附添人において閲覧する機会がなかつた。
(4) 鑑別所技官の鑑別記録及び意見書は審判の当日提出されたと審判官は言明した。
この記録は附添人において閲覧する機会がなかつた。
(5) 前述の附添人の閲覧済の記録は証人に対して附添人の反対訊問の機会がない警察官作成の記録である。
審判廷で審判官はこれ等の証人を直接訊問しようとする態度が全然なかつた。専らこれを信用し切つている状態である。
附添人にも勿論、反対訊問の機会を求める余裕がなかつた。即ち八月二五日が鑑別所収容日の満了と考えられ、それまでに審判しようとする態度であつたから、然らざればもつとうまく審判日又は附添人の意見を聞くべきである。
(6) 審判官は少年に直接訊問した附添人も直接補充訊問した。
(7) 少年が鑑別所内から反省の記録として差出した附添人北尻得五郎宛のはがき三通参考人○井○雄宛のはがき二通被害者○○川○子同人の保護者○○川○雄同人の使用者○路○○郎連名の上申書、被害者○○川○子の告訴取下書、少年の兄及び一族の詑書、○○町○○少年出生地住居地の青年団の上申書、同友人一同の歎願書、少年の勤先の上申書及び勤務先から引き続き使用し且つ監督する旨の上申書が附添人及び関係者から提出されている。
(8) 参考人○井○雄の意見から述べられ続いて附添人の意見を述べた。附添人の意見は次項二において述べたと同旨のものである。
(9) 審判官は既に全部記入済で日付を記入し署名さえすればよく審判書を前において(ここには「特別少年院に送致する」旨のゴム印が押捺してあつた)附添人及び参考人の意見を傾聴に値するものがある。保護者として一〇万円の大金を被害者に支払つたのはまことに結構なことだ。少年も反省しているようだが、ここへ来れば誰れも「もう今後は致しません」と言うもので信用できない。少年I・Aは首動的役割を果しているから責任を取つてもらわねばならない。それで特別少年院へ送致する、との言渡しであつた。
二、附添人北尻得五郎はこの少年の処置について次のとおりの意見をもつている。
少年法の目的は性格の矯正、環境の調整で少年院法は矯正教育を施す場所とある。少年保護観察又は監護教育については犯罪者予防更生法第三四条は精神的な面を除いた点について充分な方法が列挙されている。即ち
(1) 一定の住居に居住して正業に従事すること。
(2) 善行を保持すること。
(3) 犯罪性ある者又は素行不良の者と交際しないこと。
(4) 住居を転じ又は長期の旅行するときは予め保護観察を行うものの許可を受けること。
附添人及び参考人は本少年について前記目的方法に則つて最大限の努力をした。
その結果次の結論を得た。
(A) 本件事犯について考察するに被害者○○川○子は中学校時代より性交を常習としていた。高校生との間に妊娠している前歴がある。本件当日には少年に笑を投けかけており、実に数時間の乗車中に何回も脱出する機会があるにも拘らずこれをなし得ないとすれば強姦そのものの犯罪成立が疑しい次第であり、且つ告訴取下となれば罪責追及ができないのが正当である。
然しながら不正常な性交に対して反省の意味もかねて慰謝をしたものである。
(B) 然も他府県から労働力の移動によつて陥りがちな風紀問題を使用者が野放しにして部落の青少年を異常に刺激している環境こそ充分考慮すべきである。かかる環境の調整は少年院ではなし得ない。
政治と地域社会の道義の問題であつて少年に対する教育は別に考えるべきである。
(C) 以上の点について被害者も使用者も自からの責任を痛感している上申書があるが、警察は只、犯罪成立についてのみ専心した調書となつていて、これの証拠ある反ばくを審判官はしようとしていない。
(D) 以上被害者の関係では事案の宥恕なり反省なりができている外、少年本人には強烈な反省が少年の片言隻句に出ている。
それは再三面会した附添人、参考人及び関係者の印象が全くそうさしている外、引続き前の職業に専心して且つ自宅に住居し二度とくりかえさないことを誓つている。「小さい頃父母に分れ親の味を知らず一九年と四ヵ月となつた今まで兄等にかけた迷わくに身を以つて後悔している今一度チャンスを与えてほしい、兄さんを真面目になつてびつくりさせてやりたい」との切々の決心を示している。
これを信用せざるを得ないのである。
(E) 少年の保護者は被害者に対し深甚の詑状を入れ心から恐縮のしるしとして慰謝料金一〇万円及び雑費として金五、〇〇〇円合計金一〇万五、〇〇〇円也を提供した。
田舎における金一〇万円の金員は全く大金である。殊に本件I・Yは、次兄I・Dと共にこの金員を準備したもので本人を手許において、こんどこそ充分監督し教護したいという異常な決心である。これ程の保護はあり得ない。
少年の非行は愛の監護がないからだとする真理である。少年院の監護かて保護者の愛の監護に優るとは決して言えない。
(F) 少年の悔悟が徹底し保護者の家族的愛の監護の決意の外に地域社会の協力、職域の協力を得られれば少年に対する保護は完璧のものになる。これこそ正に環境の調整であつて少年院のなし能わざるところである。
然るに本件の場合この地域社会である出身地居住地の青年団及び友人同級生はこぞつて自身等の責任であるとしてこの受入れ態勢を強化しているのである。職場に復帰する本人の決意にこたえて使用者も欣然これに協力しているのは数々の上申書によつて明らかである。その職場もそれぞれ立派な実業に属し健全そのものであることを思い合せば自ら本少年に対する処遇も又結論を見出すことができるのである。即ち「少年を家庭へ帰せ」と。
(G) (1) 事案が犯罪の成立が疑しい。
(2) 仮りにそうであつても被害者の過失がありこれの悔心と宥恕がれき然としている。
(3) 少年が改心し更生を誓つている。
(4) 保護者は多額の金銭を犠牲にしてでも少年を愛護監督する決意に燃えている。
(5) 地域社会がこの少年の更生に決然と立ち上つている。
職域が欣然と少年の生活指導に協力している。
この条件が整つている場合の少年に対する処遇は少年院送致を以つて答えることがあり得ない。
三、然るに原審は本少年を漫然調査官の意見のとおり前以つて決定しておいて「特別少年院に送致する」との過誤を犯した。
即ち
(1) 少年院送致を刑罰と考えたのは少年院の目的を誤つた判断である。
(2) 事案の強姦罪の成立を認めたのは重大な事実誤認である。
(3) 被害者の告訴取下によつて少年等に罪責追及ができないのにこれを無視したのは重大な事実誤認である。
(4) 証拠書類はすべて反対訊問の機会を与えられるべきであるに拘らず、これなく少年に不利な調書のみによつてなされ、且つ直接訊問のない証拠による判断であつて審理不尽を免れない。
よつて、もつてなされた結論は調査官、鑑別所の技官の意見のとおりであつて審判官の独立性は全然ない。
予断によつて審判に臨み予め用意された用紙に結論の記載された審判書に署名捺印しただけでは審判は不存在である。
(5) 調査官の調査表及び鑑別所の技官の意見書は重要な記録であるに拘らず審判の前日又は当日の審判開始の直前に出されこれに対する批判の機会を奪つたに等しい審判は少年法の精神に違反する審判であつて法令違反である。
(6) 調査官は本少年をかつて調査したことがある偏見ある調査報告があることを虞れしめる。
裁判官、書記官の回避事由に当るにも拘らずこれを回避しない調査報告は公正を欠くのは裁判の鉄則である。これに反する判断は少年法の目的に反する。
(7) 少年法の目的とする少年に対する性格の矯正、環境の調整について充分な態勢を整えて家庭保護の処置を取らなかつたのは著しく不当である。
四、本審判に立会つた参考人○井○雄の感想は別紙のとおりである。本附添人も同感でこれを援用する。
五、以上の次第で本申立に及んだ次第である。
別紙 ○井○雄の感想文<省略>